研究概要

本CRESTでは,マルチモーダルな知覚とそれに付随する情動的感覚の動作原理を,脳の一般原理である「予測情報処理」理論に基づいて統一的に解明することを目的とします.知覚に付随する情動的感覚とは,知覚が生成される情報処理過程に向けられた情動的な感覚のことを指し,知覚体験をどのくらい知っているのか(熟知感),それが確からしいのか(確信感),どのくらい現実味があるのか(現実感),そして流暢に処理ができるのか(処理可能感)などを含めて,ここでは認知フィーリング(cognitive feeling) (Bless & Forgas, 2000; Arango-Muñoz & Michaelian, 2014) と呼びます.これは,知覚の処理結果に向けられる情動的感覚,つまり感情(好/嫌,安心/恐怖など)とは区別して定義されます.私たちは,知覚体験に対する感情は認知フィーリングを媒介として生じるという仮説を立てています.本CRESTでは上記の仮説に基づいて,錯覚や幻覚・妄想という類似した知覚変容が,なぜ異なる感情を伴って経験されるのかを明らかにします.
上記の研究目的を達成するため以下の4つの研究グループを設置し,仮説生成・検証・修正のループを協働して繰り返すことで,認知フィーリングの動作原理の理解に迫ります.

  • 発達ロボティクスによる認知フィーリングの構築と活用
  • 当事者研究による認知フィーリングの現象論的解析
  • 計算論的精神医学による認知フィーリングのモデル化
  • 身体性認知科学による認知フィーリングの仮想現実(VR)検証

発達ロボティクスによる認知フィーリングの構築と活用

長井グループでは,神経回路モデルで駆動するロボットが,マルチモーダルな感覚運動経験を通して,知覚とそれに付随する認知フィーリングを獲得する過程を検証することで,予測情報処理に基づく認知フィーリングの発達・回復機序を構成的に理解します.神経回路モデルは山下・鈴木グループと協働で開発し,ロボットによる認知フィーリングの獲得過程を,乳幼児の発達や,熊谷グループの当事者研究でのリカバリー過程と比較することで,理論的モデル化にも貢献します.また,ロボットを当事者研究に導入し,統合失調症やASDの参加者と相互作用させることで,制御可能なロボットを用いたリカバリーへの介入効果や促進効果を検証し,さらに,相互作用を通して変容するロボットの内部モデルを解析することで,予測情報処理に基づくリカバリーの定量的評価を実現します.

当事者研究による認知フィーリングの現象論的解析

熊谷グループでは,精神・神経疾患の回復過程であるリカバリーに注目し,リカバリーを知覚や認知の変化ではなく,それに伴う認知フィーリングの変化として理論的にモデル化します.当事者にとっての回復は,知覚認知の変容の治療ではなく,自己肯定・効力感や未来への希望(処理可能感に対応)を取り戻す過程であると考えられています.そこで,統合失調症やASDを対象に主観的体験に関するインタビューと認知行動実験を実施し,その結果を,長井・山下グループのロボット・神経回路モデル実験と,鈴木グループのVR実験と比較することで,協働してモデル化に取り組みます.さらに,本モデルに基づいてリカバリーの評価尺度を設計し,当事者研究によるリカバリー効果を検証します.

計算論的精神医学による認知フィーリングのモデル化

山下グループでは,認知フィーリングをマルチモーダル予測情報処理プロセスとして計算論的にモデル化し,幻覚・妄想や自己意識の変容を,認知フィーリングの変調として理解します.モデル開発は熊谷・長井・鈴木グループと協働で行い,当事者研究からの理論モデルを神経回路モデルとして具現化し,ロボット・VR実験により検証・精緻化を繰り返します.さらに,鈴木グループと協働して神経回路モデルで駆動するVRを開発し,モデルの変動による感覚信号の変化が,VR装着者の認知フィーリングにどのような影響を与えるのかを調べます.認知フィーリング特性と精神疾患傾向の関係を定量的に評価することで,精神疾患の新しい評価法開発のための基盤的知見を得ます.

身体性認知科学による認知フィーリングのVR検証

多感覚統合の障害のメカニズムを理解する上で,感覚信号を操作し,変容した知覚体験を作り出すことのできるVR技術は非常に有用です.鈴木グループでは,VRで操作可能な外受容感覚に加えて,心拍や呼吸といった内受容感覚も統合したVR・ロボット実験環境を構築し,認知心理実験により,認知フィーリングを伴う自己身体感覚や他者の存在感の機序を検証します.実験で使用する装置は長井・山下グループと協働して開発し,予測情報処理に基づく神経回路モデルを用いてVRやロボットを駆動することで,動的に感覚信号を操作します.また,実験参加者の主観的体験を熊谷グループと協働して現象論的に分析することで,認知フィーリングの評価尺度の設計にも貢献します.

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